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ネットに載っていない情報とは

現在、私はとある家族企業の取材を進めている。

 

関東地方のある地域で、ホテルと不動産業を営むF社。企業といっても、家族以外はパートさんがいるだけで、決して大きな会社ではない。

 

現在の代表者は三代目だ。平成が終わるのを前に、記念事業として社史を作りたいと、出版社に相談。それを私が取材し、原稿にまとめることになった。

 

先日、この企業の事業のうち、不動産業についての話を伺ったのだが、これが予想以上にスケールの大きな話だった。

 

この企業がある街は、商業が盛んな地域でもないし、有名な観光地でもない。日本を代表する大企業の工場がある場所から、車で30分ほど離れた、いわばベッドタウンである。今でこそベッドタウンだが、開発されたのは1980年代。それまでは田んぼや畑が広がる、農家が多い地域だった。

 

F社の創業者F氏も、不動産業を始める前は、農家だった。しかし、人柄が真面目で人づき合いも良く、顔が広かったF氏は、ある時、知り合いから頼まれて、土地の仲介役を依頼された。F氏は、人から何か頼まれると断れない、とてもいい人だったようで、その仲介役を安価で引き受けた。これが、F氏の不動産業のスタートである。

 

時代は、高度経済成長期の後でバブルよりも前の頃だ。自家用車が当たり前になり、高速道路やパイパスといった道路が、地方の郊外にも出来始めた。道路が開通すると、その周辺にあった田畑の地主たちに「土地を売ってほしい」と申し出る不動産会社が出始めた。

 

ところが、そういう会社の多くが、地元の人間ではない。もともと農家だったこの地域の人たちは、「自分たちの土地を、見知らぬ誰かに売ることはできない」と判断。こうして、地元で唯一、不動産業を営むF氏の元へ、次々に土地の売買の依頼が舞い込むことになった。

 

取材の際に、その地域の地図を見ながらお話を伺ったのだが、その当時、新たに道路ができた周辺の多くが、F氏が開発した土地だった。その地域には、まだ下水道が整っていなかったそうで、下水処理場の建設費用も負担したという。

 

こうして田畑だったこの地域は、宅地として開発された。地域に1校しかなかった小学校は、現在、3校になった。大型ショッピングセンターやスーパーのチェーン店も進出している。地域の不動産開発に尽力したF氏は、豪邸を建てるでもなく、自らが働いて得た利益で、小学校や公民館に楽器を寄付するなどして、さらに地域に貢献した。

 

私はたまたま、この会社の取材をさせていただくことになったので知ったのだが、F社のホームページはとても地味なもので、派手な演出は何もない。「地元に貢献しました!」という謳い文句もない。地元で生まれて、地元で育ち、今でも地元でしか商売をしていないから、宣伝やブランディングをする必要がないのかもしれない。

 

しかし、このような会社は、日本国内のそれぞれの地域にあるはずだ。本当は、利益度外視で地域に貢献しているけれど、インターネットでは目立たない会社。世の中はまだまだ、ネットにない情報の方がはるかに多いと実感させられる。そういう情報を、現場に行って取材し、コンテンツにするのが、ライターという仕事のおもしろさなのだと思う。