· 

月末と、やりくりと、バスの旅

「承知しました。それでは、現地集合で」

 

27日(金)の日中、出版社の担当編集者あてにメールを送った。30日(月)に静岡・浜松へ出張取材に行くことが決まっていた。

 

その後で「しまった」と思った。

 

手元に現金が少ししかなかったので、ATMに行ったところ、27日というのは今月分の諸々の引き落としがされる日で、口座にはほとんど現金が残っていなかった。新幹線で浜松まで行くには、お金が足りない…。

 

その月の原稿料が口座に入るのは、31日。出張取材の翌日だ。「どうしよう…」気づいたのは金曜日の夜遅く。担当編集者はすでに帰ってしまっている時間だった。待ち合わせ場所を東京駅に変更して、一緒に行くわけにもいかない。

 

カード払いで切符を買う、という手がなくはないが、念のため、新幹線以外の交通手段を調べてみる。「高速バス」という手があった。

 

これなら、時間はかかるが、新幹線の半額ほどで現地へ行くことができる。編集者との待ち合わせ時間にも間に合う。私は「助かった」と思った。出発時刻は私にとっては早朝だが、それも仕方がない。バス会社の予約センターへ電話した。

 

浜松行きの高速バスは、新宿のバスターミナルから出発し、渋谷などを経由して、終点の浜松駅まで、約4時間余り。途中、足柄サービスエリアと、牧之原サービスエリアで各10分程度の休憩をはさみ、東名高速をひた走る。

 

私は車を持っていないので、東京から車でどこかへ遠出したという経験がとても少ない。だから実は、交通情報などで、高速道路の「○○サービスエリア付近が渋滞」と言われても、ピンとこない。学生時代や若い独身時代を東京で過ごした人にとっては、友人同士で車を借りるなどして、東名や中央などの高速道路を走った経験があるかもしれない。でも、私が東京に住み始めたのは30代からなので、そういう経験も全くなかった。

 

だから思いがけず、浜松までの高速バスの旅は、とても新鮮なものになった。足柄サービスエリアがあんなに大きいことも知らなかったし、その2階に足湯があることも知らなかった。牧之原サービスエリアは小規模だったが、風に揺れる木々の緑が美しかったし、地元の店員さんたちのやり取りが、なんだかほのぼのした。

 

また、バスなので、いつもなら新幹線で駆け抜けてしまう風景が、少しゆっくりと流れる。青々とした田んぼ、スプリンクラーが回る茶畑、県や市境の大きな川…。しかも、新幹線の線路よりも、高速道路の方が海側にあるので、静岡の美しい海を見ることもできた。上の写真は、バスの車窓から撮った静岡県内の漁港である。

 

そして何よりも、いろんな意味で頭の中の整理ができた。東京から浜松までは、新幹線「ひかり」で行けば1時間余り。食事をして、ちょっとコーヒーを飲めば、もう着いてしまう。しかし、バスの場合は移動時間が4時間もあるので、風景を楽しみながらも、取材の資料を見直したり、ゆっくり考え事をしたりもできた。

 

無事に到着した浜松では、落ち着いて取材ができたおかげで、先方からいい話を聞くこともできたような気がする。

 

「手持ちがない!」とわかった時は、本当にどうしようかと思ったが、これぞ瓢箪から駒。結果オーライ。思いがけず、取材の「途中」を楽しむという経験ができた。まぁ、それにしても、交通費くらいは口座に残しておけ、という話なのだが…。